ふるさと絵屏風(ふるさと絵屛風って?という方はコチラをご覧ください。)の制作を進めている高齢者チーム。
今回は、伏倉公民館のサロン活動にお邪魔し、集まった皆さんからお話を伺いました。伏倉地区生まれ育った人、お嫁にいらっしゃった人、一度離れて戻ってきた人、参加者のバックグラウンドも様々でしたが、やはり昔の話で皆さん盛り上がりました。
まずお話にでたのは「琉球畳」について。伏倉では昔イグサの栽培が盛んだったようで、今もその名残で至るところにイグサが生えているそうです。昔は生ごみを庭に穴を掘って捨てていたそうですが、穴を掘ると水がわいてきたそうで、それはきっとイグサ栽培で土地が湿っていたからではないか、というお話もありました。また、伏倉には昔、血を吸うヒルが多くいたそうです。

台風がくると、よく木の橋が流されて大変だったというお話もありました。わざわざ大回りして買い物に行かなくてはならず、苦労したそうです。川ではよくウナギが取れて、おいしくいただいたそうです。今はすっかりウナギを取る人もいなくなったが、ついこの前近くの川で見かけた!という話もでました。
田植えの話もでました。田植えの繁忙期には、「やてっと」と呼ばれるお手伝いさんが必要だったそうで、また「ほせり」専門の人もいたそうです。「ほせり」って何?と思う人も多いと思いますが、これはたぶん松崎弁で、食事や休憩時のおやつの用意をすること、だそうです。当時は、「結」といって、近所が共同作業で助け合いながら生活する習慣があったそうで、田植えや稲刈りには皆総出で協力し合い、「ほせり」も大忙しだったようです。実は伏倉には、「おぎんさん」と呼ばれる田植えの名人がいたそうです。おぎんさんは既にこの世にはいませんが、美人でとにかく田植えがうまかったそうです。是非、おぎんさんが田植えする様子を絵屏風に描きたいと思います。

そのあと、「常盤大橋大通り」の商店街の様子を皆さんに伺いました。42軒のお店が立ち並び賑わいのあった商店街に、皆さんよく自転車で出かけたようです。また、三浦丸(さんぽまる)という船にのって周囲の住民が買い物に訪れたそうです。大通りに立ち並ぶお店について、皆さん実によく覚えていました。どんものが売られていたか、どんな人が住んでいたか、評判はどうだったか、など詳しく伺いました。なかには、東海バスのバスガールとして働いていた人もおり、ボンネット型の東海バスの想い出話に花が咲きました。バスで下田にある洋品店「きりんや」によく行ったというお話もでました。

そして、なんと、ふるさと絵屏風メンバーの一人である十字の園の関野さんの幼稚園の時の先生と30年ぶりの再会もあり、笑いと発見、感動の溢れる時間となりました。皆さんからいただいた貴重なお話しをしっかりと屏風のなかで再現できればと思います。